防大1年生の12月-防衛大学校を退校しました

4月の防衛大学校に入校してから9ケ月目の12月下旬に、防衛大学校を退校しました。辞める気持ちが大きくなってきたのは10月の終わり頃でしたが、最終的に決断して指導教官に退校の意思を伝えたのは12月に入ってからでした。

なぜ退校を考えたのか

高校時代に何のために受験勉強をしているのかを見失い、力試しに受けた防大と東京の私立大学しか合格することができませんでした。貧乏家庭の長男である私は、東京の私立大学に行くことは考えられませんでした。受験勉強から逃げていた自分、やる気のないどうしようもない自分を変えられるかもしれないと思い、防大に飛び込みました。

では、なぜ退校を考えたのか。

入校当初は、日々の生活をするだけで精一杯。辞めたいと思ったことは何度もありましたが、つらくて逃げることだけはしないと決めて、日々を乗り越えていました。辞めるなら、このしんどい状況を楽々とこなせるようになってから考えようと決めていました。

きつかったのも夏休みまで。9月に入ってからは、それまでがウソのように楽にこなせるようになっていました。この時期にやっと、「これからの自分の人生をどうするのか」と真剣に考え始めたのです。

このまま職業軍人として生きる道に進むのか?

やってみたいと思っていた建築の道に挑戦するのか?

私のようにフワ~っとした目的で防大に入校する人は、実は少数派です。多くの同級生は、国防に対するそれなりの意識や、幹部自衛官へのあこがれを持って入校してきます。先輩達も、「日陰モノの存在であっても、国防は自分の使命である。」という静かですが強い意識を持った方が多かったです。

夏休み前までのキツい時期に、ごちゃごちゃ頭で考えるのではなく肉体を酷使していく中で、「やる気がない」という甘えや、「何のために生きている」といった答えのない問いは、私の中から消えていました。ただ目の前のやるべきことをやって生き残る、それだけで構わないのだと思えるようになっていました。

けれど私は、自分が自衛官になることに対する現実味が、どうしても湧いてきませんでした。志の高い同級生や先輩を見ていて、同じ熱量を持てない自分が在校していてはダメだと感じていました。では、どうするか。

「防大ではキツい時期を逃げずに乗り越えることができた。元々やってみたかった建築を学ぶ道に進み直してもやれるかもしれない。もう一度チャレンジしてみたい」と考えるようになりました。残念ながら、防大では建築を学ぶことは出来なかったのです。

退校することに迷いはなかったのか

「防大を辞めて、もう一度受験したい」という気持ちが自分の中で芽生えてからは、それほど迷いませんでした。

最初に、信頼できる4年生の先輩に相談しました。本来なら対番の2年生に相談すべきなのですが、1年生が辞めることは対番にとって悲しいことだと知っていたので、最初にお話しすることが出来ませんでした。

私の気持ちや目標を正直に4年生の先輩に話すと

「この時期に辞めたいというやつは少ない。夏休み前に辞めていれば、今年の受験にも間に合ったかもしれない。それでも気持ちが固いなら、お前の思う道に進んだ方がいい。お前ならどこでだってやれると思うから、頑張れ」

という言葉をかけてもらいました。その瞬間は「自分を評価してくれる人がいるこの場所を離れようとしている自分はバカなのか」と、ちょっとだけ心が揺れそうになりました。でも、ほんの少し揺れただけで、気持が変わることはありませんでした。

その後は、対番の2年生と話し、他の4年生に「辞めるな」と叱られたりもしましたが、結局辞める決意は変わりませんでした。退校の意思を指導教官に伝えてから2週間後、私は防衛大学校を去りました。

退校した後はどうしたのか

防衛大学校の学生は身分上は特別職国家公務員ですが、辞めてしまえば普通の19歳民間人になるだけです。辞めた時期が中途半端な12月下旬だったので、その年の受験には当然ですが間に合いませんでした。

防大を出た後は直接、故郷の岡山に戻りました。家族とは退校の決意を固めた時に話をしており、翌年の3月までは故郷で過ごすことにしていました。家族からの経済的な援助が無かったとしても、働きながらでも再度受験する決意での退校でした。しかし、有り難いことに家族からの援助を受けて、4月から予備校に通うことになりました。

翌年の受験の結果、何とか国立の志望校に合格できました。報告を兼ねて、防大の卒業式に顔を出すことができ、同級生や先輩方に喜んで頂いた時は本当に嬉しかったです。

退校したことを後悔していないのか

防衛大学校を中退したことに対しては、昔からの知人であっても新しく知り合った人であっても、「なんで辞めたの?もったいない」と言われることがあります。防大をそのまま卒業し自衛官になれたとすれば、幹部への道が待っています。「安定した道が約束されているようなものなのに、辞めてしまうなんて…バカなのか、こいつは」ということでしょう。

私は防衛大学校を中退したことを後悔していません。もちろん厳しい環境と知りつつ入校したことも後悔していません。今の日本に、あれだけ真摯に国を守るということを自分に課している人達がいる世界があることを知り、そこを経験できたことに後悔はありません。

防大最後の日。忘れられないことが2つあります。

1つ目は、防衛大学校の本館で退校の辞令を受理した時に、頂いた言葉です。

「君が防衛大学校を去ることは残念なことではある。しかし、ここで学んだことや経験したことで君が得たものは必ず活かすことができると信じている。今の気持ちを忘れることなく、民間で能力を発揮して欲しい」

2つ目は、退校の辞令を受理した後のことです。一度、自室に戻り同じ部屋の同級生に別れを告げ、学生舎の中央階段を下りた時に目にした景色です。

同じ中隊の同級生や先輩、クラブの先輩などの人達が、階段下に集まってくれていたのです。それも、私が出て行くタイミングに合わせて100人以上。それぞれに応援や激励の声をかけて頂いたり、背中を叩かれたりしながら、皆さんの笑顔で送り出してくれました。

この時の光景は、しっかりと私の中に焼き付いています。送り出してくれた時の声援、皆さんの気持ちに応えられるような生き方には、まだまだ遠く及ばないかもしれません。それでも、あの光景は忘れられません、あの景色に何度も助けられました。

本当にありがとうございました。

いつの日か、胸を張って再会できるように、精進します。

では、また

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コメント

  1. なますて より:

    24期理工10月中退です。
    当時の気持ちよく解ります。
    当方、定年を目前に過去振り返り中です。
    ご返信歓迎です。

    • 佐治 より:

      なますて様

       コメントありがとうございます。
      私は39期理工12月中退です。

      大先輩に読んで頂けたと思うと
      恥ずかしさと有り難さで複雑な気持ちですね

      防衛大学校で得たもの
      退校後に手放したもの
      今、何が残っていて
      これからにどう活かすのか

      考え、書き続けていきます

      お暇な時にでも、のぞいてやって下さい

      ありがとうございました

  2. スエナガ ヒロタカ より:

     私は、高校時代から防衛大学に関心あり、防衛大学に行っても絶対到底続かないと思い、防衛大学に行かず、国立大学工学部卒業して、23年前一般幹部候補生採用試験受け合格して、広島県呉市江田島の海上自衛隊幹部候補生学校を中途退校したのですが、当時から同分隊の防衛大学卒の人から防衛大学の厳しさと苦しさは、凄まじいと、そして体罰も日常茶飯時に行われ、3割近く防衛大学を中途退校して行くと聞かされてました。当時から今でも防衛大学に関心があり、今でも23年前の防衛大学卒の幹部候補生達が、いい意味で忘れられません、貴方様のサイト文章を目にして非常に面白かったです。当時の防衛大学の生活面の面白いエピソードありましたらメールを元海上自衛幹部候補生の私に下さい。ただ最後に貴方に言いたいですが、防衛大学中途退校して2年間送れて、一般の国立大学に入学したことを後悔してませんか?一年の夏休み明けに防衛大学中退していたら良かったと後悔してませんか?私は一般大学から海上自衛隊幹部候補生学校入学して、江田島の海上自衛隊幹部候補生学校に一年間在籍して、すべての教務訓練に参加しても成績不良で
    卒業不可と判定され、退校と同時に辞職余技なくされたのですが、後悔してません。何故かて、私自身が海上自衛隊の幹部として部隊でやっていける見込み無く、海軍士官として使える人間ではないと分隊長及び教官から烙印押されたからです。そういう私にどう思われますか?宜しかったらメール下さい。やはりいくら努力しても自衛隊という世界に合わない人は合わないでしょうか?

    • 佐治 より:

      スエナガ様

       コメントありがとうございます

      拙いブログを面白がって頂き
      本当に嬉しいです

      コメント頂いた内容もふまえて
      記事を追加することで
      返信にかえさせて頂きたいと思います

      ただ
      ”防衛大学校を退校した時期について後悔していないか?”
      という問いについては

      全く後悔はしていません

      と、退校してから後に聞かれた場合は答えています

      12月という時期まで在校していたからこそ
      見れた風景があり
      感じたことがあり

      2浪相当で一般の大学に進学したからこそ
      かけがえのない友人と出会い
      濃密な時間を過ごし

      防大と一般の大学での経験があったからこそ
      自分でも想像以上の会社に勤めることができ

      勤めた会社で病気になったからこそ
      自分自身に再度向き合うことができ
      少しは優しくなれた

      私の歩んだ道が特別だとは思いませんが
      デコボコでぶつかってばかりだけど
      悪くはなかった道だと感じています

      何にぶつかり
      何に悩み
      どう乗り越えたのか
      または、逃げたのか
      ここに書いていくことで
      少しでも、読んでもらえた人の役に立てるなら
      ブログを始めて良かったと思えます

      書き続けることで、どこへ向かうのか
      どんな世界が見えるのか
      まだまだ分かりませんが

      気が向いた時に
      覗いてやって下さい

      コメント
      本当にありがとうございました

  3. くわはら りえこ より:

    はじめまして。
    娘が防大受験しまして
    補欠繰り上げ待ちです。
    どうしても防大に入りたくて
    中高6年間、頑張って来ました。
    お試し受験だったり辞退者が
    多い中 本当に防大目指して
    頑張ってきた娘には酷な待ち時間
    ですが 苦しい事も 楽しみに変えられる
    娘。一緒にこちらを ずっと読ませて頂き
    躊躇するどころか更に行きたくなったそう。
    (笑)どうしても合格したいそうです。
    防大にこの想い 届きますように!!!!
    素敵なお話、ありがとうございます!

    • 佐治 より:

      くわはら様

      コメントありがとうございます
      そして
      受験生の娘さんも読んで頂いたとのこと
      お恥ずかしい限りです

      娘さん、すごいですね
      中高の6年間
      目標を持って過ごされたことは
      この先、一生の財産になると思います

      高校時代に迷走した結果
      何の意思もなく
      なんとなく防大に進み、ドロップアウトした身には
      まぶしい程の情熱です

      念願が叶うことを
      祈念しております

      記事を読んでいただき
      本当にありがとうございました