建築家フランク・O・ゲーリーの設計による、ビルバオ・グッゲンハイム美術館がどのように構造解析されていたのかを私が知ったのは、まだ新卒で入社したゼネコンに在籍していた2000年代前半の頃でした。
航空機の設計に用いる「CATIA」という設計・解析ソフトを使い、建築家の思い描いたそのままの形で3次元モデルを作成して解析し、最適な部材を決定する手法だった。「構造計画も何もあったもんじゃない、えらく荒っぽい方法だな」と感じたことを覚えています。
時は流れ、BIMの出現
インターネットの解放と爆発的な普及に合わせるように、コンピュータの性能も驚くほどのスピードで向上した結果。個人のパソコンでも容量の大きな3次元モデルを処理できるようになった頃、BIMが出現しました。
BIMとは何か
BIMとは、Building Information Modelingの略称です。
と言われても、建築業界以外の人にとっては「何それ、IBMの間違いじゃないの。おいしいの?」って感じですよね。詳しいBIMの解説はこちらのサイトに任せるとして、ざっくり説明します。
従来の建築設計の流れは以下のようになっていました。
建築家(意匠設計者)が建物の形や大きさをラフに計画し、構造設計者は建物が現実に存在できるように骨組を検討して決めます。そこに設備設計者が、建物を快適に使えるように空調や照明、上下水道の設備を計画します。
設計の最終段階では、建築家(意匠設計者)と構造設計者、設備設計者のそれぞれが意匠図、構造図、設備図という2次元(2D)の図面を作成。作成した図面を建設会社に渡すと、建設会社が施工図を作成して実際の建設工事を行って、建物が完成します。
一方BIMの場合は以下のような流れを理想とします。
建築家が計画する初期段階はほぼ同じですが、この時点から建物の3次元(3D)モデルをコンピュータ上で作成していきます。その後の構造検討も設備計画も、意匠の詳細な検討も全て3次元(3D)モデルで行い、かつ同じデータを使って検討をしていきます。
設計の最終段階で2次元(2D)の図面を作成することは同じですが、この2Dの図面も3Dモデルを利用して作成していきます。そして、建設会社には3Dモデルのデータを渡し、建設会社も3次元モデルで施工計画を立案して、建設工事を進めます。
なぜ3次元モデルを使うのか。設計段階でいえば、意匠と構造、設備が同時並行して検討することができるため、設計にかかる時間を短縮することができます。また、同じ3Dデータを使うので、お互いの変更や修正がすぐに反映されやすいという利点があります。
建設会社は3Dデータがあることで建物を直感的にイメージしやすくなります。建設会社が設計段階で参加できれば、効率よく建設するための要望を反映しやすくなり、建設費を抑えたり工事期間の短縮が期待できます。
構造設計はそもそも3次元モデル
BIMの出現によって建築の設計に3次元モデルが導入されたような印象ですが、構造設計では以前から3次元モデルで検討していました。構造解析、計算で使う解析ソフトは、20年近く前から3次元モデルとなっていました。
3次元モデルを使う解析ソフトで解析して、最終的な図面にする段階で2次元の図面に落し込んでいました。よって、構造設計者にとって3次元モデルに対する違和感は少ないはずです。
ただし、BIMでは図面を作成する段階でも3次元で、しかもデータを意匠や設備と共有することになります。お互いの変更や修正がすぐに反映されたり、間違いが少なくなるという理想がありますが、現時点ではデータが重くて扱いにくい段階です。
しかも、図面を作成するソフトと解析ソフトで別のソフトを使わざるをえないという現状もあります。構造設計者にとって、手間が激減したという印象にはまだ至っていません。図面と解析の間や、意匠と構造、設備の間がもっとスムースに連携できるようになれば、理想的な状態に近づくことになります。
時代は進み、AIによる自動設計の時代に?
日本ではやっと3次元でのBIMがどうこうって段階なのですが、海の向こうではAI(人工知能)による自動設計を目指す動きが出てきています。
Googleから2014年に独立したFluxという会社があります。Fluxは「建物の種(seed)」を3次元データの敷地に置いてやると、その場所に建設できる建物を自動で設計してしまうような技術の開発を目指しています。
2017年現在ではまだ完成には至っていない技術です。完成すれば、「建物の種」には用途(病院とか学校)はもちろん構造や設備の情報も含まれていて、設計者はデータ状にできた建物モデルを調整することで、設計が完了してしまうことになるでしょう。
また、Altairという会社が開発したHyper Worksというソフトがあります。このソフトは建築を主な目的にして開発されたわけではありませんが、最適設計のシミュレーションを自動化できるソフトです。
Hyper Worksを建物全体に使って設計した事例はまだ無いようですが、ガラス製手すりの一部に使われる鉄の部品の検討には使われています。
「建築の設計には人間の肌感覚も必要なので、AI(人工知能)による自動設計にはそぐわないのでは」という、根拠のない思い込みがあったのは私だけではないでしょう。ですが、現実に建築の設計の世界にもAIの波はすぐそこまで来ています。
人工減少を迎える国内に依存し続けることは夢となり、海外での受注増が必要となる大手建設会社や大規模な設計事務所にとっては、競争相手がAIになる可能性だって出てきてしまったのです。日本国内でもこれから急ピッチで、建築設計の分野へのAIの活用が進んでいくことになります。
未来の構造設計者の役割とは
とても人間くさい世界であった、建築の設計の世界。そこにAIによる自動設計が現れた時、設計者はどんな存在となるのでしょう。Flux社が開発している「建物の種」の整備や管理をして、3次元モデルに植え付ける役割を担うのでしょうか。
構造設計者の役割はどうなるでしょうか。建築の法規や計算基準はもちろん、最新の理論まで網羅するかもしれないAIに追われてしまう職能なのでしょうか。
私は、AIによる完全な自動設計の時代とはならないと考えています。「建物の種」であろうと何であろうと、建物を設計する初期条件を入力する必要があります。建築の構造が分かっていないと初期条件を適切に入力することができません。
また、最終的に出てきた結果の判断も必要となります。数値の上では安全かもしれないけど、実際の建物としては危険が懸念される部分はどうしてもあります。そこは、やはり構造を分かっていないと難しい判断になってしまいます。
自分で初期条件を設定して解析や検討を行い、出てきた結果を見て判断を下してきたのが従来の構造設計者です。そんな構造設計者であれば、AIに指示することもできるでしょうし、結果の判断も可能になります。
ですが、今後はどうでしょう。AIによる完全な自動化ではないにせよ、ある程度の自動化が進んだ後に構造設計者となる人は判断できるほどの経験を積んでもらうことが可能なのか。もしも、構造の勘所といった部分を経験することが難しい状況が考えられるなら、少し先に経験した私達には何ができるでしょうか。
まだ見ぬ構造設計者の後輩が少しでも糧にできるのであれば、経験や考え方のエッセンスでも伝えられるのであれば、残しておきたいと考えています。
きっと、大きなお世話でしょう。私がこれから構造設計者を目指す身であれば「うっさいわ。おっちゃんが心配してくれんでも、ちゃんとやれるから黙って見とけ」と感じてしまうでしょうね。
それでも、誰かひとりのヒントのためであっても、伝えていきたいと考えています。
では、また